国際1956年、モスクワはブダペストからの撤兵に同意したが、1週間後に6万人を投入してハンガリー革命を鎮圧した
1956年10月、ブダペストでは数十万人が政治改革、自由選挙、ソ連軍の撤退を求めて街頭に出て、平和的なデモは武装蜂起へと急速に変わった。ソ連指導部は当初、譲歩と首都からの撤兵に同意したものの方針を転換。11月4日にソ連軍が大規模作戦で蜂起を鎮圧し、数千人が死亡、約20万人が国外へ去った。西側諸国はモスクワを非難したが介入しなかった。歴史家アレクセイ・ウヴァロフが、蜂起の背景や、1956年の出来事が今もハンガリーで政治論争を呼ぶ理由を語る。
1956年、モスクワはブダペストからの撤兵に同意したが、1週間後に6万人を投入してハンガリー革命を鎮圧した